元学芸員が読み解く、食べていけたアート作家のブランディングとマネタイズ
私はどちらかというと、こういうアプローチの方がしっくりくるかなあ。
サブスタックでも、割と、自分をどう見せるかみたいなのは意識してるので。あ、嘘は書いてないです。基本的にさらけ出してます🫠
言葉の選び方、表現、サブスタック内での運営の仕方などは、見えないけれど、結構自分の中では構造化されているのです。
nobukoさんはご自分の見せ方はさらけ出しておられるのですね。私はフリーダ・カーロの人生に感情移入してしまいがちで、冷静に記事を書くのに時間がかかってしまいました。
私は最初から構造化するより、やりながら方法を見つけていくタイプです☺️
割とさらけ出してます、自分を。ばあちゃんはある意味怖いものなしでございます。
構造化はある程度、あっち系の辺りから私の中で瞬間に決まるようなところがあります。現実では私も試行錯誤しながらです。
風茜さんが、書いてらっしゃる記事と私の昆虫の記事と質が違うので、私の方はお気楽です😆
風茜さん、今回も思慮深い内容でした。
そこまで先を見越して、創造していたのかと思うと頭が上がりません。
一方で、何度も読めば読むほど疑問が浮かんでくる場面もあったんです。
『収益ではなく、土台を取りに行く』ことができたのは、何故なんだろうと。
病気や事故で大変そうな人生を送っていたのなら、金銭が必要だったはず。なのに、短期的な評価を求めなかったのは不思議でした。
そして、途中、もしかしたら、『当時、売れるための型に自分を合わせられなかった』だけの結果だったのではないか?とも考えました。
でもそれは、【メキシコ革命の娘】を強調していたのであれば、経路を計算して作っていたことは十分に考えられると。
また、勝手な見解ですみません💦それくらい考察が面白い記事でした✨
人生の傷を隠すことなく、自分の存在を語る人だったんだなぁと見受けました。
鋭いところを突いてくださいました。記事は2000字前後にまとめようとしているため書いていないこともあるのですが、「土台を取りに行けた」のは、絵の販売だけに依存していなかったから、という条件が大きいと見ています。教職もあり、芸術の世界の内側にいた。市場に合わせる圧力が低かったぶん、短期評価を求めずに済んだ。 「戦略か、合わせられなかっただけか」は、私も断定できません。ただ、構造の話は意図を証明できなくても成り立ちます。それに、実際は1907年生まれなのに革命の年1910年を名乗り続けたことは、能動的な自己設計の証拠です。気質と意識的な選択の、両方だったのだろうと考えています。
やはり、メキシコ革命に自分を置いていた意思は、経路を考えていたことの証明に近いですね✏️
風茜さんの考察は、抽象化してうやむやにできそうな点を、具体化して組み立ててらっしゃるので、納得できます。
長い立ち話に、きちんとお返事いただきありがとうございます✨
今回も、すこぶる面白い内容でした!
毎回面白くて仕方ない
構造を生み出すことで皮肉を生む結果にもなったフリーダ・カーロの作品 長い視点での構造設計の凄さと可笑しみがありました
ハム活さん、すごく嬉しい感想です。記事の中に面白みを加えて書きたいと思っているのでとても嬉しかったです。次回もどうぞご覧くださいませ。
アップを待っていた甲斐がありました。とても面白い。
作品を視ると、「私は、痛い」と言う強さに圧倒されますが、設計し貫き通す信念がその強さの源なのかもしれませんね。
aisさん、ありがとうございます。私も作品を観るたびに心がギュッとしてしまう作家なのですが大好きな人です。リスタックもありがとうございました。
「物語の有無ではなく、物語を扱う技術」という一文が残りました。
自分を語ることと、自分を設計することは違いますね。
最後の、届く形にしたものが消費される記号にもなる、という皮肉まで含めて、フリーダの強さと危うさがよく見えました。
舞原さん、難しいですよね、ブランディングって。今や彼女の顔はアイコンとなって一人歩きしているところもあって…。それは彼女にとって本意だったのかなと考えてみたりしました。
本当に難しいですね。
顔や名前がアイコンになっていくと、その人自身の意思や揺らぎよりも、周囲が求めるイメージのほうが前に出てしまうことがありますよね。
本当はひとりの人間として迷ったり、変わったり、距離を取りたかったりしたはずなのに、「象徴」として固定されてしまう。
それが本人にとってどこまで本意だったのか。そこを考えると、ブランディングって光だけではなく、かなり重い影も持っているのだと思いました。
胸がキュッとなる、感情が湧き上がってしまうアーティストを、あえて自己設計のアングルから切り取るスタンスに惹かれました。
作家を評価する層のくだりが、とても興味深かったです。
同時代に売れるか、同時代に語られるか、10年後に記録されるか、それとも50年後に美術史へ残るか。その先に世界の美術史に残り続ける層もきっとあるのでしょう。
「フリーダ・カーロ」を設計した彼女は、どこの層を取ろうとしたのか、そもそもどこかの層を取ろうという意識が彼女にあったのか、なかったのか。
売れる、というわかりやすいものでなかったら、彼女の設計の意図はどこにあったのか、彼女は何者になろうとしていたのか。
いろいろな想像を巡らせてくれる、素敵な記事をありがとうございました。
私はどちらかというと、こういうアプローチの方がしっくりくるかなあ。
サブスタックでも、割と、自分をどう見せるかみたいなのは意識してるので。あ、嘘は書いてないです。基本的にさらけ出してます🫠
言葉の選び方、表現、サブスタック内での運営の仕方などは、見えないけれど、結構自分の中では構造化されているのです。
nobukoさんはご自分の見せ方はさらけ出しておられるのですね。私はフリーダ・カーロの人生に感情移入してしまいがちで、冷静に記事を書くのに時間がかかってしまいました。
私は最初から構造化するより、やりながら方法を見つけていくタイプです☺️
割とさらけ出してます、自分を。ばあちゃんはある意味怖いものなしでございます。
構造化はある程度、あっち系の辺りから私の中で瞬間に決まるようなところがあります。現実では私も試行錯誤しながらです。
風茜さんが、書いてらっしゃる記事と私の昆虫の記事と質が違うので、私の方はお気楽です😆
風茜さん、今回も思慮深い内容でした。
そこまで先を見越して、創造していたのかと思うと頭が上がりません。
一方で、何度も読めば読むほど疑問が浮かんでくる場面もあったんです。
『収益ではなく、土台を取りに行く』ことができたのは、何故なんだろうと。
病気や事故で大変そうな人生を送っていたのなら、金銭が必要だったはず。なのに、短期的な評価を求めなかったのは不思議でした。
そして、途中、もしかしたら、『当時、売れるための型に自分を合わせられなかった』だけの結果だったのではないか?とも考えました。
でもそれは、【メキシコ革命の娘】を強調していたのであれば、経路を計算して作っていたことは十分に考えられると。
また、勝手な見解ですみません💦それくらい考察が面白い記事でした✨
人生の傷を隠すことなく、自分の存在を語る人だったんだなぁと見受けました。
鋭いところを突いてくださいました。記事は2000字前後にまとめようとしているため書いていないこともあるのですが、「土台を取りに行けた」のは、絵の販売だけに依存していなかったから、という条件が大きいと見ています。教職もあり、芸術の世界の内側にいた。市場に合わせる圧力が低かったぶん、短期評価を求めずに済んだ。 「戦略か、合わせられなかっただけか」は、私も断定できません。ただ、構造の話は意図を証明できなくても成り立ちます。それに、実際は1907年生まれなのに革命の年1910年を名乗り続けたことは、能動的な自己設計の証拠です。気質と意識的な選択の、両方だったのだろうと考えています。
やはり、メキシコ革命に自分を置いていた意思は、経路を考えていたことの証明に近いですね✏️
風茜さんの考察は、抽象化してうやむやにできそうな点を、具体化して組み立ててらっしゃるので、納得できます。
長い立ち話に、きちんとお返事いただきありがとうございます✨
今回も、すこぶる面白い内容でした!
毎回面白くて仕方ない
構造を生み出すことで皮肉を生む結果にもなったフリーダ・カーロの作品 長い視点での構造設計の凄さと可笑しみがありました
毎回面白くて仕方ない
構造を生み出すことで皮肉を生む結果にもなったフリーダ・カーロの作品 長い視点での構造設計の凄さと可笑しみがありました
ハム活さん、すごく嬉しい感想です。記事の中に面白みを加えて書きたいと思っているのでとても嬉しかったです。次回もどうぞご覧くださいませ。
アップを待っていた甲斐がありました。とても面白い。
作品を視ると、「私は、痛い」と言う強さに圧倒されますが、設計し貫き通す信念がその強さの源なのかもしれませんね。
aisさん、ありがとうございます。私も作品を観るたびに心がギュッとしてしまう作家なのですが大好きな人です。リスタックもありがとうございました。
「物語の有無ではなく、物語を扱う技術」という一文が残りました。
自分を語ることと、自分を設計することは違いますね。
最後の、届く形にしたものが消費される記号にもなる、という皮肉まで含めて、フリーダの強さと危うさがよく見えました。
舞原さん、難しいですよね、ブランディングって。今や彼女の顔はアイコンとなって一人歩きしているところもあって…。それは彼女にとって本意だったのかなと考えてみたりしました。
本当に難しいですね。
顔や名前がアイコンになっていくと、その人自身の意思や揺らぎよりも、周囲が求めるイメージのほうが前に出てしまうことがありますよね。
本当はひとりの人間として迷ったり、変わったり、距離を取りたかったりしたはずなのに、「象徴」として固定されてしまう。
それが本人にとってどこまで本意だったのか。そこを考えると、ブランディングって光だけではなく、かなり重い影も持っているのだと思いました。
胸がキュッとなる、感情が湧き上がってしまうアーティストを、あえて自己設計のアングルから切り取るスタンスに惹かれました。
作家を評価する層のくだりが、とても興味深かったです。
同時代に売れるか、同時代に語られるか、10年後に記録されるか、それとも50年後に美術史へ残るか。その先に世界の美術史に残り続ける層もきっとあるのでしょう。
「フリーダ・カーロ」を設計した彼女は、どこの層を取ろうとしたのか、そもそもどこかの層を取ろうという意識が彼女にあったのか、なかったのか。
売れる、というわかりやすいものでなかったら、彼女の設計の意図はどこにあったのか、彼女は何者になろうとしていたのか。
いろいろな想像を巡らせてくれる、素敵な記事をありがとうございました。